俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

In Bed with Madonna

「まだご存知ないかなもし。ここらであなた一番の別嬪さんじゃがなもし。あまり別嬪さんじゃけれ、学校の先生方はみんなマドンナマドンナと言うといでるぞなもし。まだお聞きんのかなもし」

「うん、マドンナですか。僕あ芸者の名かと思った」

「いいえ、あなた。マドンナと云うと唐人の言葉で、別嬪さんの事じゃろうがなもし」

「そうかもしれないね。驚いた」

「大方画学の先生がお付けた名ぞなもし」

「野だがつけたんですかい」

「いいえ、あの吉川先生がお付けたのじゃがなもし」

「そのマドンナが不慥(ふたしか)なんですかい」

「そのマドンナさんが 不慥なマドンナさんでな、もし

「厄介だね。渾名の付いている女にゃ昔から碌なのは居ませんからね。そうかも知れませんよ」

「ほん当にそうじゃなもし。鬼神のお松じゃの、妲妃(だっき)のお百じゃのててて怖い女が居りましたなもし」

 

 

坊っちゃん (新潮文庫)

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こころ 坊っちゃん (文春文庫―現代日本文学館)

こころ 坊っちゃん (文春文庫―現代日本文学館)

 

  最初の大学のころ、四年目になってできた友達が、輸入レコードを買いまくるマニアでした。しかも、プロデューサーの名前を見て無名アーティストを買う、というタイプ。そいつが、「これマドンナっていうんだけど、なかなかかっこいいよ」と見せてくれたのが、ブレイク前のマドンナのファーストアルバムでした。音が、かなりクロいな、と思ったのを憶えています。

 コケット、という言葉がありますね。媚をもてあそぶと書いて、「弄媚女」などという訳語があてられたりするはず。マドンナの特異な美貌と性的魅力がこの30年にこの世界に残した刻印。われわれのまなざしは時間的にはるかに先だつ漱石の作品にすら、遡及的にその刻印を探し求めようとする。正義漢の数学教師の話だった『坊っちゃん』が、一人のコケットをめぐる欲望と所有の冒険譚となってゆく…


Madonna -Truth Or Dare/In Bed With Madonna ...

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