おお牧場はみどり
現在の価値判断を遡及的に過去の事象の分析に持ち込むのは、歴史学の用語で「ホイッグ史観」と呼ばれ、歴史学、とりわけ科学史では特に差し控えるアプローチであるとされる。
先日も書きました北大スラ研の SF論集のなかの久野康彦さんの論文「SFという観点から見たВ.Ф.オドエフスキーのユートピア小説」の一節。これは勉強になりました。
同じことは音楽の世界でもしょっちゅう起こっていて、ぼくはどこかで見た「回顧的構築 retrospective construction」という言葉を使っていました。当時はなかったのだけれど、後世から見てあたかも実在していたかのような事象/概念、という意味で。「ホイッグ史観」というりっぱな術語があるのを、今回初めて知った次第。
以前も書きましたが、へヴィ・メタルという用語は70年代末のパンク/ニューウェーヴ登場後に、それらと旧来の様式にのっとったロックを区別するために多用されるようになった用語で、それまで存在しなかったとまでは言いませんが、さかのぼって60年代末~70年代初頭のハードロックをへヴィ・メタルと呼ぶことは、自分にはやはりどうしても抵抗があります。80年代以降は別として、『ライヴ・イン・ジャパン』のころのディープ・パーブルのことを「へヴィ・メタル」と呼んでいた人、当時そんなにたくさんいました?
あるいは「演歌」というタームも、従来確かにあったことはあったのだけれど、フォークソングやグループサウンズなど新式の流行歌と旧来の歌謡曲を区別する標識として多用されるようになったのは意外と新しい、というのもよく言われることと思います。新年のFMの特番で、大友良英さんが「『演歌』は意外と新しい」といった発言をしていましたし、都はるみさんはどこかで、自分たちが出てきたころはみな「歌謡曲」と言っていて、「演歌」などと改まって呼ぶことはあまりなかった、と言っていませんでしたか。
うるさすぎる、どうでもいい、という人もいるかも。でも歴史の記述はきっちり、厳密でありたい。あくまでメモ代わりに。アイスコーヒーが飲みたい連休の午後。