俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

森へ行きましょう

 東北の某県庁所在地。ふたつ目の大学。ロシア語を中級まで教えてくれて、英語の本を読む習慣を与えてくれた恩義ある土地。そこを訪ねた旅からほぼひと月。あと一つ二つ、メモ代わりに。

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 そこは共通研究室、といった名前の部屋なんだと思う。英文学の恩師の一人を訪ねていったら、「やあ、久しぶり」というあいさつの後、そこで待つように言われました。

 そこに、若くして亡くなったもう一人の英文学の恩師の蔵書が並べてありました。ほとんどが英語のペーパーバック。何冊か抜いてパラパラとページを繰ってみると、書き込みがしてあるものもあれば、読んだ形跡のあまりない、きれいなままの本もありました。

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 その亡くなられた恩師は信念の人でした。日本人は英語は読めるけれどもしゃべれない、だからもっと会話を、というのは俗耳に入りやすい誤った風説で、ほとんどの大学生には英語の本を読む力はない。まず英語で本を読む力をつけるのが最優先課題だ、というのがその信念でした。

 詳しいことは書きませんけれど、ふつうの教養の英語の時間も、大学生向けの教科書ではなく、ペーパーバックを買わせて教科書にし、それを曲がりなりにも読み終える、という授業には大きな影響を受けました。

 その亡き恩師と、この共通研究室で話し込んだ記憶があります。自分は二度目の大学の3年生、秋も深まったころ。言語学をやる、と宣言して飛び込んだ大学で、迷いに迷っていました。図書館から気負って借り出したトムセンの『言語学史』の独訳がギリシャ語の引用だらけで少しも読めず、打ちのめされていたころ。それに語学の先生の約半分は「〇〇語学」の看板を掲げていましたが、一口で言語研究といっても、その方法論というか流儀はあまりに千差万別で、自分は果たしてどれを選ぶべきかわからない。何より、英独仏のほかギリシャ語などもスラスラ読み、一番語学のできそうなこの先生が、語学ではなく英文学の専攻だというのが今更ながら不思議に思えてくる。

「先生は『大学に入った時、英語に関することは何でもマスターしようと思った』とおっしゃっていましたよね。ではなぜ『英語学』ではなく『英文学』なんですか?」

「う~ん…英語といえばふつうは『英文学』じゃないのかなあ…」

「『〇〇語学』を名乗る先生方はいっぱいいますが、あまりに千差万別で、自分はどれをやればいいのかわからないんです」

「うん、そう。たとえばラテン語を知らずに言語学って無茶だと思うんだけどね…」

 自分が憶えているのはここですね。ラテン語抜きで言語学は「無茶」だと思う、恩師はそう言いました。もちろん、語学研究もさまざまで、ラテン語を知らなくても偉大な業績を上げている人はいくらでもいますが、この人にとって言語学というものがそのようなものだとすれば、自分が心に描いていた言語学というのは、児戯に等しい幼稚なものでしかないんじゃないのか。

 まあ、ぼくの方向転換など、今となっては些細なこと。今回、共同研究室の恩師の蔵書を眺めていて、英文学のクラシックにまじってハンナ・アーレントがずらりとならんでいるのに気付きました。生きておられたとしたら、アーレントフーコーを駆使した今風の「生政治」に関する先鋭的な論文を書いておられたでしょうか。いや、そうではなく、むしろあいかわらず教育に熱心で、今ならCNNなどを録画して学生にどんどん見せたりしていたんじゃないのだろうか。いや、生きておられたら、とうに定年を迎えていたはず…

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もう3月も終わります。早いものです。まだ我が私設研究室=勉強部屋の窓は雪に埋もれて薄暗いですが、融雪注意報が出ていて、雪どけは急速に進むでしょう。この春こそ、時間の流れがその本来のすがすがしさを取り戻すかもしれない。そんな予感。春が来たら、森へ行きましょう。


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