俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

木曾の恋歌

 昨日、午前3時、というか2時50分ごろ起きだし、部屋へ入って横文字の本に取りかかりましたが、どうにも頭に入らず、うつらうつら…これはダメだと中止して寝床に逆戻りしました。今朝も、妙な悪夢にうなされながら眠り、早起きならず。早起きも少し疲れてきたのかもしれません。

 でもまあ、今年一年、どんなことをやるかの目鼻がついた、そんな一か月半でした。また早起き、やろう。

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 ドイル『緋色の研究』のことを先日書きましたが、いい歳をして「ホームズを原文で!」うんぬんをやっているのですから、英語力としては、我ながら他愛のないレベル。

 虚心に振り返って、英語の小説を原文で読み切れたのは二つ目の大学の3年目。ずいぶん遅いのです。でも、この体験は実に大きかった。見慣れた風景ががらりと変わりました。

 あのころ、古本屋で、誰かが読みかけたまま売りとばした英語の小説を買って来ては読むようになりました。生協書籍部の洋書フェアーでヘンリー・ジェイムズを見つけて、でもそれを買う1500円がないので、図書館へもぐりこんでジェイムズの全集本を見つけて借り出し、必死に読んだりしたのも覚えています。

 ただ、その期間はわずか半年ぐらいじゃないでしょうか。自分は英文学専攻じゃないんだ、こんなことやってていいのか…という気持ちと闘いながら、一方では、外国語の小説の面白さの一端を知っちゃうともはや文学を専攻するしかなく、ただ、ロシア語でそこまで行けるかはやってみなければわからず…という、ひとことでは到底言い表せない葛藤に七転八倒していました。

 そんな気持ちで最後に読んでいた英語の小説はヘミングウェイの『持つと持たぬと』。はっきり覚えています、というか、その時読み止しのままにしたペーパーバックは実に二〇年以上の歳月を生き延びて、まだ机の上にあります。今更ではありますが、これを最後まで読んでみたら、何か一区切りつくんじゃないか。

 翌年にはそこを去って三つ目の大学(大学院)に移るのですが、そこでは露文専攻の院生が英文の教授のところにだべりに行く、などということはまったく不可能で、二つ目の大学の、陽だまりのような寛大さに、いまも感謝しています。


木曾の恋歌/ダ・カーポ - YouTube

 

 

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20世紀英米文学案内 15 ヘミングウェイ

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