俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

プレイ・フィドル・プレイ

 昔々、会社に勤めていた頃の思い出の曲です。

 結局はその会社、辞めちゃったんですけど、辞める直前、転勤になって、ほんの少しのあいだ遠い街に住みました。信じられないほど雪深い街で、人の気質も全くわからず、数ヶ月心細く暮らしました。

 楽しみといえるものが何もなく、アパートのすぐそばのスーパーにちゃちな古本コーナーがあるのを見つけたくらい。それに、お決まりのジャズ喫茶。喫茶店というよりはスナックのようなところで、人に隠れるようにその暗がりにもぐりこんで、ビールを飲んで音楽を聴きました。そのとき知ったのがベース奏者鈴木勲さんの『BLUE CITY』(1974年)というアルバムです。他にお客さんがいないときを見計らってこのアルバムのB面をリクエストし、ビールをもう一本だけ注文、そんなふうに短い間ですがその店に通い詰めました。

 4曲入っているうちのラストの1曲。スリム・ゲイラードと組んでいたスラム・スチュアートの作曲。鈴木さんがベースを弓で弾き、その哀愁のメロディに乗せて「ダッダダッダー」と口ずさみます。解説のいソノてルオさん(懐かしい!)が「ベースのボーイングオクターブの声でハミングする、この手法(特技)は日本初吹き込みといっても良い」とお書きになっています(ジョージ・ベンソンの「マスカレード」より先ですよ)。

 なんといってもこのメロディですね。こうして聴くと、一日が黄昏を迎え、人生も夏至を過ぎ、なんとなく世相も暗く…という今の気分にやけに合います。

 結局、その会社は辞めちゃったので、その街へはその後行ったことがありません。でもずっとこのメロディをもう一度聴きたくて、あるとき、仕事で上京したついでに渋谷のタワーレコードでCDを買いました。自力では探し出せず、店員さんにメモを見せて検索してもらい、棚にあるのを買ったのです。まだアマゾンもなかった頃ですからね。

 あのスナックのような喫茶が今もその街にあるのかどうか確かめたくて、行ってみようと思ったこともあったのですよ。でもなんとなく足が向かないうちに、CDも手に入ったし、そういう気も起こらなくなりました。駅を降りてたしか左に曲がったところの飲み屋街みたいなところ…いや、違うかもしれないですね。

 その後、この曲が好き、という人に思いがけないところで出くわしました。好きなCDを持ち寄ってかけて楽しむ(悪趣味ですね)というような場所にでかけてこれをかけたら、「あっ!これ!どうしてこれを知っているの?」と驚いた人がいたのです。僕より10歳くらい年長で、このアルバム発売の1974年当時、バリバリの大学生のお兄さんだった人。まるで自分だけの大切な宝を横取りされたみたいな顔をして…きっと、僕のごとき小僧がその当時を知ってるような顔をするのがイヤだったんだろうな、と今になって思わなくもないですね。でも、僕にとっても思い出の曲なのですよ。

 ともあれ。もし仮に自分がラジオの音楽番組をもっていたとしたら、テーマ曲はこれで決まりです。番組名?『悲痛な音楽の夕べ』というのはどうですか?


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