俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

ジューシィ・フルーツ「恋は何んでも知っている」

再発なりベスト盤なり、過去にアナログで聴いたアーティストのCDを買うことは頻繁にあるわけですが、詳細な解説がついていることは極めて稀と言ってよいです。何年の何月発売といったデータすらのってないことがほとんど。レコード会社のディレクターさんって、自分の仕事を文化にたずさわる事業だと思っていないんですかね。長年再発を待っていたCDを正規の値段で買ったのに、そうした最低限のデータすら載っていない…ほんと、いつまでこうなんでしょうか。

そんな中で、このCDは素晴らしかったです。

ジューシィ・フルーツゴールデン☆ベスト』(コロムビアミュージックエンターテインメント株式会社、2005年)

入念な編集がなされ、詳細なブックレットのついたベスト盤。広川たかあきさんというかたの「みんなの『ジューシィ・フルーツ』入門」というテクストが出色。

ジューシィ・フルーツはテクノ・バンドでも、ましてやアイドル・バンドでも無い。常に良質なポップスを追及してきたギター・バンドなのだ」。この一節で、この広川さんという方がどれほどこのバンドを愛しているかが伝わってきます。ギターの柴矢俊彦氏への聴き取りにもとづいた解説は読み応え満点。たとえば、意外なことですが、「ジェニーはご機嫌ななめ」などでのイリアの裏声ヴォーカルも「最初は裏声で歌う予定はなかったんです。ただ、イリアがそれまで歌った経験がなくて、普通に地声で歌ったら、キーが少し低くて声が出しにくいって話になって。”じゃあ裏声で歌ってみれば”と言われ、その通り歌ってみたら、”あら面白いねえ”ってことになったんですよ」。どうしても近田春夫さんの策略で作り上げられたバンドというイメージがついてまわったバンドですが、若いミュージシャンたちが知恵を出し合いながらサウンドを作り上げていった様子がうかがえるのは感動的です。

ただ、そうは言っても、「テクノポップ」なる出所不明な意匠の突然の盛り上がりとともに認知され、それが急激に飽きられるにしたがってバンドの勢いも衰え、解散に至った、というイメージはどうしてもぬぐえません。このベスト盤の構成は、その流れにあらがおうと苦闘するバンドの足取りをはっきり記録したものになっています。とくに、「シングルAサイドコレクション・パート2」での音楽的傾向の変転。シャンソンを反核ソングに替え歌した「夢見るシェルター人形」があり、高田みづえと競作となった桑田圭祐詞曲のエレキ歌謡「そんなヒロシに騙されて」があり、やはり桑田作、バンドの命運をかけたジャズ歌謡「萎えて女も意思をもて」がある…。とくに「萎えて女は意思をもて」ははらゆうこ「I love youはひとりごと」やタモリ「狂い咲きフライデイナイト」と同じ路線の佳曲。編曲は桑田と八木正生とクレジットされていて、桑田が、ジャズ音楽家八木正生から学んだ知識のありったけをこの曲に投入したさまがみてとれます。これが1984年の4月リリース。これがヒットすればもう少しバンドを続けさせよう、という意向も事務所にはあったようですが…コンサートも聴きに行ったファンである僕ですら、この曲、このベスト盤で初めてちゃんと聴きました。ごめんねジューシィ・フルーツ。こんないい曲、ヒットしなかったなんて。僕らの目は節穴です。

彼らのラストシングルは「恋は何んでも知っている」。過去の彼らのヒット曲から、このフレーズ、あのさわりを集大成したような曲。これが街で流れていたとき、僕は普通の会社に勤めていて、上司たちから叱責されてうなだれていました。8時半に勤めを終えて、遅くまで開いているレコード屋さんでシングルを買ったのを憶えています。甘く切ないメロディ。若い男女の恋愛ゲームを歌った詞。ポニーテールをほどいて、防波堤にもたれかかって…濃厚な夜明けのくちづけの味がします。

1985年1月、ジューシィ・フルーツはその活動に終止符を打ちます。いっさいの言い訳をしない、本当にいさぎよいバンドでした。